トップページ アダルトチルドレンとは プロフィール カウンセリングのQ&A 体験された方々の声 お問い合わせ リンク集
生まれてきてくれてありがとう 心痛むあなたへ さくらみるく
フォントを大きくするフォントを小さくする
上のアイコンをクリックして文字サイズが変更できます
サポーター募集 ただ今、さくらみるくの活動をサポートしてくださるボランティアを募集しています。 できるときにできることで、あなたのお知恵、お力、感性をお貸しください。 お問い合わせ、お申し込みはこちらから。

«前の記事へ
»後の記事へ

2010.12.30

見つけて、感じてあげるだけでいい。

今日もカウンセリングでした。

「ご自身の、どんな思いも責めないで下さいね」とお話しました。

「皆さん、責められるんですよ。苦しいとか不安だとか、そんなことですらご自身をお責めになる。自分が苦しんでいるから苦しいというよりも、苦しんでいる自分を許さないから苦しまなければならないのだということに、お気付きになっておられない。

わたしなんか熱を出すことでまで自分を責めていましたよ。でも、責めていたことに気付かなかったんですね。気が付いたのは、以前ブログで「お熱でました」と書いたときに「それはよかった。十分発熱してください」と、書いてくださった方がおられた時で、その時わたしは嬉しくて泣いたんですね。そして、泣きながら自分に驚くわけです。「なんだ、わたし、熱を出すことですらも自分を許していなかったのか。」って。」

と、お話しました。

お話しながら、カーテンを切って落とすように過去の体験が甦りました。

今の主人と(昔の主人はいませんが 笑 )まだ付き合っていた頃、彼とドライブしていました。わたしは風邪気味で咽喉が痛かった。でも変に気を使う性分のわたしは、咳をがまんしていたんですね。すると彼が「我慢せんと、咳いっぱいしたらいい。そうして早く治ったらいい。」と言ってくれた。そんな思い出でした。

そして、カウンセリングでは全く別の話、ご相談者さんの方のお話を展開させながら、自分の脳裏ではこの二つの出来事がぱちりと音を立ててつながったのを感じました。

熱が出た自分を責めていた?

咳をしてしまう自分を責めていた?

わたしは、何を責めていたんだ。

誰に対して申し訳ないと自分を責めたんだ?

またまたカーテンを切って落とすように、はっきりと見えてきた思いがありました。それは、家でも職場でもスーパーマンのように多忙であった母の横顔でした。幼い頃の記憶がほとんど無いわたしの心に、この年になって初めて自覚された思いででした。

ああ、そうだったんだ。そういうことだったんだ。
だからわたしは息を潜めて身を隠すようにして
母親に面倒をかけるまいと、いつも一人で我慢していたんだ。
そうだったんだ。
愛されたかった。足手まといになりたくなかった。
ほめられたかった。一人でも大丈夫だと思ってもらいたかった。
既にもう、多忙な日々でいっぱいいっぱいであった母に
これ以上仕事を増やさせたくなかった。
母が、わたしの存在で苦しんだ顔を見たくなかったのだ。

気付けばもう、それでいい。
何と長い間、この思いは隠れていたのか。
何をそんなに怖がってこの思いは、隠れていたのか。
本当は、気付かれたい、見つけて欲しいと、何十年間も
切に切に願っていたはずだ。
願っていなかったわけがないではないか。

気付けばそれでいいんです。
それだけでいい。
ちゃんとその感情を感じてあげて
後は流すだけなのです。
単純な単純な話なのです。

母には何の悪意も無かった。
ただ、大変だった。
そして、そんなにも大変な労苦を負ってくれたのは
紛れも無くわたしたちへの愛ゆえであったこともわたしは知っている。
でも、理性で納得することと感情が納得するのとは違う
気付けてよかった。
自分の思いに向き合えてよかった。
かくれんぼしている子どもと一緒。
ただ、見つけて感じてあげればそれでいいのです。

自分の手についた墨を落とそうと、一生懸命洗ってもなかなか落ちない。
でも、汚れたハンカチの汚れを落とそうと一生懸命洗って
ハンカチがきれいになったとき、ふと見ると
自分の手の汚れも落ちていた。

そんなことがあるのだと、師匠が良くお話になります。

癒やしも、それと同じなのです。
カウンセリングで一番生かされているのは
わたしなのだと思います。

ありがとうございました。

ありがとうございました。

«前の記事へ
»後の記事へ